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過去に戻る事は出来ない。
過ぎた時間は戻らない。
今の成久には、守るべき家族が居る。
そんな事わかっている。
わかっていても・・・会う約束をした。
彼が「会いたい」と言ってくれたから・・・
苦しそうな声で、
哀しそうな声で、
僕に会いたいと・・・
そんな成久の力になりたい・・・
だから・・・
ちがう・・・嘘だ・・・
成久の為なんかじゃない。
自分の為だ。
本当はいつだって会いたかった。
別れを告げて、会社を辞め、住む所を変えても・・・
いつだって、成久を求めていた。
だから、携帯の番号だけはそのままにしていた。
もしかしたら・・・
連絡があるかもしれない・・・
自分で別れを告げながら、
愚かにも何かを期待している。
そう・・・
会いたくて堪らなかったのは、僕自身なんだ。
彼の誘いを受け入れたのは、自分自身の気持ちを押さえきれなかったからだ。
成久と僕は、昔よく行ったバーで待ち合わせた。
カウンターには5~6人、ボックス席は2つ。
10人も入れば満員のこの店は、僕達のお気に入りだった。
静かなボリュームで流れる曲も、誰でも一度は耳にした事のあるポピュラーな洋楽だった・・・
かと思えば、ジャズやクラシックも流れたりする。
セピア色に焼けたポスターはどれもがイルカだったり、クジラだったり。
ブルーを基調とした絨毯、ブルーの照明・・・
どこかの海の底を潜っている、そんな気分に僕をいつもさせた。
昔、僕はマスターに言った事がある。
「海の底にいるみたいだね。」
その時、マスターは教えてくれた。
この店は、海をイメージしていると。
だから、店の名前は「アクア」なのだと。
その日、僕は三年ぶりにアクアに入った。
カラーンという音と共に、店に入った僕は、懐かしい香りにつつまれる。
アルコールと、外国煙草のきつい匂い・・・
僕は、昔と変わらないアクアの雰囲気に安心を覚えていた。
マスターが、僕の顔を見て微笑む。
三年のブランクがあった事など、何一つ感じさせない調子で・・・
まるで、昨日も顔を合わせた常連客のように・・・
「いらっしゃい。汀くん。」
そして、カウンター席へと案内してくれた。
そこは、僕が好んで座っていた場所だった。
一番人目につきにくく、それなのに店内の様子が一番見渡せる場所だった。
嬉しくてマスターに礼を言った。
「ありがとう。」
マスターは、照れたように口髭をいじった。
しばらくマスターと雑談をしていた僕は、カラーンと扉が開いた音に反射的にふりかえっていた。
でも、入ってきたのは僕の待ち人ではなかった。
とても整った顔立ちの男だった。
だが、その端正な風貌には似合わない、人を威圧する瞳を持っている。
いかにもその「筋」であろうと想像させる強い視線だった。
黒い高価なスーツは、鍛えぬかれた長身を包み、その身のこなしは何処か隙がない。
年齢は、35歳前後だろうか?
その男から視線を逸らせないで、ぼんやりとしてた僕は不意に焦った。
男と視線が合ったのだ。
慌てて目を逸らした。
じろじろと見すぎていたかと思うと背筋に汗が吹き出るのを感じた。
その男がマスターに話しかけている。
マスターがちらりと僕の方を見ている。
何を話しているのだろう・・・?
男が、マスターと話し終え僕のほうに一歩踏み出した。
カラーンという音と共に人が飛び込んできた。
「汀、悪い!!待ったか?」
その声を聞いて僕は、懐かしさで泣きそうになる。
「成久?」
そう、声を聞いて成久だってわかってた。
でも、目の前に立つ人はどこか昔の成久ではなく、
三年の月日を感じさせるような一人の男の顔だった。
「ああ、汀は変わらないな・・・」
成久は、僕の顔を見て言った。
その時、僕は少しがっかりしていた。
わかっていた事なのに・・・
三年間会わなかったんだから、あの頃と同じ成久がいるはずがないのに。
アクアがあまりにも変わってなかったから・・・
何処かで感覚が麻痺していたのかもしれない。
しばらく考えこんでいた僕を、すでに金を払い終えた成久が促した。
「出よう。」
成久はさっさと出口のほうに歩き出す。
(変わったね・・・)
前なら・・・こんなにせかしたりしなかったのに・・・
そう思う僕が居た。
僕は、少し重くなった腰をあげた。
正直・・・
後悔し始めていた。
成久に会ったことに・・・
席を立ち男の前を通りすぎようとした時・・・
男から煙草とエゴイストの香りがして僕は思った。
エゴイストか・・・
この人に似合いの香水だな・・・
そして、何故だか僕はふり返って、その男を見てしまった。
再び視線が合う。
僕を見ていたのだろうか?
強く絡め取られるような視線で・・・
僕は、すぐには逸らせなかった。
見詰め合ったのは、ほんの数秒。
僕が我に帰ったのは、成久に声をかけられたからだった。
「汀!!」
成久の声は、どこか苛立ちを含んでいた。
カラーンと音がして扉が開く。
ゆっくり扉がしまる。
僕は、ちらりと見てしまう。
男は僕を見てた。
冷めた瞳で、どこか突き刺すような視線で・・・
そして、扉は閉まり、
僕達は歩き出した。
成久が、僕の手をきつく握った。
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