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後日・・・
汀は指紋の採取に応じた。
場所は加賀見のマンションだった。
立ち会った医師が、帰り際に鎮静剤を注射して行ったので、あれから何時間も眠っている。
その間に、加賀見は熱いシャワーを浴びている所だった。
取りあえず、警察の方はこれで大丈夫だろう・・・
後は・・・
まず、岡本成久を捕まえて・・・
そこまで考えたところで、加賀見は、フッと自虐的に短く笑った。
俺はいったい何がしたいというのだ・・・
いつから俺は、こんなお人好しになったんだ?・・・
シャワーの水流を思い切り強くし、頭から被る。
お前は、最高の極道になるんじゃなかったのか?・・・
「道」を「極める」志しは何処へ行った?・・・
いったい「背中の龍」は何の為に彫ったんだ?・・・
志し半ばで散った、父の意思を受け継ぎ、
加賀見は、背中一面に父と同じ刺青を、若い時に入れていた。
古代の「四神」のうちのひとつ、東の守護神・・・「蒼龍」の彫り物である。
稲妻が走る黒雲を突き抜け、「蒼き龍」が天に駆け上る・・・
蒼い鱗の一枚一枚に、紅と金の縁取りが施され、
見開いた眼球が、どの角度からでも見る者を睨みつける・・・
それは見事な・・・父の自慢の構図だった。
その父と同じ刺青を入れると言う事は、死んだ父に対する誓いなのだ。
極道の頂点を極める・・・
その誓いがあったからこそ、戦い抜いて来れたのだ。
しかし・・・
今、自分は明らかな「弱点」を作ろうとしている。
汀に対する思い入れの正体は、加賀見自身よく解ってはいないが、
彼の存在が、自分にとって弱みになる可能性は否定出来ない。
俺はいったい何がしたいというのだ・・・
そして思考は・・・振り出しに戻るのだった。
たちこめる湯気の中・・・
思考を空回りさせている加賀見。
その背中で、蒼き龍は、ただ宙を睨んでいた。
「組長・・・例の刑事から電話です・・・」
シャワーから上がったばかりで、まだバスローブを羽織ったままの加賀見。
そのままゆったりとソファに沈み込むと、藤堂から電話を受け取った。
「やあ・・・刑事さん・・・」
『加賀見か?・・・お前・・・何か大変な事を隠してないか?』
「何の事だ?・・・例の指紋の件は問題無いはずだが・・・」
加賀見は、藤堂の用意した、良く冷えたシャンパンに口をつける。
『ああ・・・その件はOKだ。問題無い・・・』
「刑事さん・・・いったい何があったんだね?こっちは頭の悪いヤクザもんだ。
もったいつけずに分かる様に言ってくれ・・・」
暫くの間をおいて、山村刑事が口を開く。
『実はな、さっき「神醒会」を名乗るヤクザ数人が署に現れたんだ。』
加賀見は、くいっと黄金色の液体を飲み干すと、空のグラスを藤堂に渡す。
「神醒会って・・・あの山内組系の?」
『そうだ。その神醒会だ。』
「いったいなぜ・・・」
『それがな・・・殺された「榊原 和志」は神醒会の身内だ、と言うんだ。』
「何だって?・・・まさか・・・」
たいがいな事では冷静でいるはずの加賀見が、珍しく険しい顔付きになっている。
『それで、染谷 汀の居場所はどこだ?、双龍会の加賀見が絡んでいるってのは本当か?・・・と、
署の職員にしつこく聞いて回ってたんだ。』
「・・・・」
何も答えない加賀見。山村が更に続ける。
『警察の掴んでる資料では被害者の榊原 和志は、堅気の会社役員のはずなんだが・・・』
「・・・・」
『加賀見・・・何やらきな臭い雰囲気になってきたな。
お前らヤクザがいくら殺し合おうと知ったこっちゃねぇが、
これ以上残業が増えるのはゴメンだ。知っている事があれば教えてくれ・・・』
二人とも黙り込んでしまう。
受話器の向こうから、山村がライターに火を付けた音が聞こえてくると、
加賀見もつられたように煙草に手を伸ばす。
すると、すかさず着火したライターを両手で差し出す藤堂。
「刑事さん・・・教えてくれて感謝している。正直こっちも何も解らないんだ。
とにかく急いで調べてみよう・・・」
『血の雨が降るのか?』
「・・・わからない・・・」
藤堂は、電話を切った加賀見の表情が、今まで見た事もないほど険しいので、身動き出来ずにいる。
そんな藤堂の存在を忘れているかのように、加賀見は慌ただしく坂崎に電話をかけた。
そう・・・
事態は一刻を争そう・・・
大至急、榊原 和志について調べろ・・・
神醒会の動きを掴め・・・と。
「くそっ・・・」
加賀見は、焦っていた。
俺のミスだ・・・
岡本 成久の事ばかり調べさせて、被害者の事までは・・・
「榊原」・・・
なぜ気付かなかったんだろう・・・
これほど因縁浅からぬ名など無いというのに・・・
山内組系「神醒会」 第二代総長 「須賀 芳信」
彼は悩んでいた。
『加賀見 嘉行を殺してくれ・・・』
普通なら、そんな頼みは到底耳を貸せる話しではない。
しかし・・・
自分の胸に縋り付き、泣きながら懇願しているのは、あの「臣人」なのだ。
『加賀見を殺して・・・
お願いだ・・・須賀さん・・・和志の・・・弟の仇を・・・』
須賀は今まで、臣人の頼みを断った事など無かった。
そして、これからも、何でも言う事をきいてやろうと思っていた。
何故なら・・・
臣人と和志は、須賀の恩人の忘れ形見だったからだ。
そして、三人は兄弟同様に育ったため、須賀にとっては実の弟以上に大事な存在といえた。
臣人の気持ちも痛いほどわかる・・・
まさか、一人でも立派にやってゆけると思っていた和志が・・・殺されるとは・・・
可哀相な和志・・・
須賀自身、自分の一部を失ったかのような喪失感を感じていた。
和志の仇・・・
討てるものなら討ってやりたい。
残された臣人の願いを、叶えてあげたい。
彼らの父に受けた、言葉にあらわせない程の恩を、返せるモノなら返したい。
しかし・・・
加賀見 嘉行・・・
本当に奴が、和志殺しに絡んでいるのだろうか・・・
敵に回すとなると、今、日本で奴ほど手強い極道はいないだろう。
正直・・・負けるとは思わないが、かといって勝てるとも思えない。
加賀見は、神醒会(うち)と戦争しようとでも思っているのだろうか?
もし・・・そうだとしたら・・・
もっと「デカイ人間」だと思っていたのは、買い被りだったのか?
奴は、23年前の恨みを、今晴らそうとでもいうのか?
何という因縁・・・
歴史は繰り返すものなのか?・・・
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