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狭い路地を、一台の黒いベンツが猛スピードで走っている。
さっき、加賀見がなぜあれほど怒ったのか、未だに解らない藤堂。
しかし加賀見は、至急、汀を捜しに行くから、案内しろと言う。
藤堂の知らない所で、何か悪い事が起こったというのだろうか?
疑問は次から次へと湧き上がってくる。
しかし・・・
藤堂には、後部座席で押し黙ったままの加賀見に、理由を聞く勇気は無かった。
キキキキィィィーーーーー
急ブレーキの音と共に、ベンツが止まった。
「遅かったか・・・」
加賀見が駆けつけた時・・・
汀は、引きずられるようにして、成久に連れ去られようとしていた。
近くでは、糸の切れた人形のように、一人の男が血溜りの中にうずくまっている。
「岡本成久だな・・・その子を渡してもらおう・・・」
威圧感のある低い声・・・
加賀見は、二人の行く手に、鬼神の如く立ちはだかる。
「加賀見さんっ!!」
汀の叫ぶ声が辺りに響く。
「またアンタかよ・・・なんで俺の邪魔をするんだっ!!」
成久はそう叫ぶと、威嚇するようにナイフの切っ先を加賀見に向けた。
それを受けて藤堂は、素早く拳銃を取り出すと、成久に向って狙いを定める。
「待て、藤堂・・・撃つな・・・」
汀に当たる事を恐れた加賀見は、藤堂を制止した。
さすがの成久も、彼らが本職のヤクザだと悟り、緊張した面持ちで動きを止める。
「おとなしく汀を渡せ・・・」
加賀見の圧力に、成久は息を呑んだように沈黙した。
しかし、すでに人を刺してしまった成久は、もう後には引けない。
加賀見の要求に、声を震わせながらも強気で答える。
「ケッ!・・・嫌だと言ったら?・・・どうするってんだよっ!!」
「お前が死ぬだけだ・・・」
何の躊躇もせずに、加賀見が答える。
地の底から響くような・・・低い声・・・
場数を踏んだ隙の無い身のこなしと、落ち着き払った加賀見の表情。
格の違いを思い知らされ、追い詰められる成久。
「わかった・・・わかったよ・・・ほら汀、行けよ・・・」
あっさりと、人質を突き飛ばすように解放する成久。
加賀見の方へ、汀がよろけながら近づいてくる。
あまりの呆気なさに、加賀見が違和感を感じた直後・・・
成久が・・・汀の背中にナイフを振り下ろす。
間一髪・・・
二人の間に・・・加賀見が飛び込む・・・
そして、凶器を持つ成久の腕を、がっちりと受け止め・・・
加賀見と成久は、絡み合う様に激しくもみ合う。
「くっそぉーっっ!!・・・汀を殺して俺も死んでやるっっ!!」
叫ぶ成久・・・
なりふり構わず・・・
滅茶苦茶にナイフを振り回す・・・
「ちっ!・・・」
加賀見のスーツが、胸の所でぱっくりと斬られ、肉が裂ける。
「組長っ!!」
藤堂も叫ぶ。
しかし次の瞬間・・・
加賀見の脚が、しなるように見事な円弧を描き・・・
狙い澄ませた蹴りが一閃・・・
あっという間も無く、成久のナイフを蹴り落としていた。
成久は、手首を痛そうに押さえ、呼吸を荒げて加賀見を睨み付ける。
「汀っ!!・・・覚えてろっ!!・・・」
じりじりと後退りすると、成久は一目散に逃げ出した。
藤堂が拳銃を構えるが、再び加賀見が制止する。
「撃つな、藤堂・・・今はマズイ・・・あんな奴の為に懲役に行く事はない。」
実際に、騒ぎを聞きつけ、遠巻きに見ている人影があった。
こんな所で発砲したら、いかに加賀見でも誤魔化しきれない。
「組長っ!、大丈夫ですかっ!・・・怪我はっ??・・・」
「大丈夫だ・・・この程度の傷・・・それより彼が・・・救急車だ。早くしろっ!!」
冷たい路上に・・・
血だらけで横たわる和志。
アスファルト上に・・・赤い赤い染みが広がってゆく。
それは・・・大量に流れ出た、和志の温もり。
蒼白い月光が・・・
その光景を、哀しげに照らし出す。
「しっかりしろっ!・・・今、救急車を呼んだ・・・頑張るんだっ!」
和志の、霞み始めた視界に、屈強な男の姿が映る。
その男は、無駄なく鍛えられたその胸に、真新しい傷を作っていた。
ああ・・・この人が・・・
汀を助けてくれた人・・・
「和志ーっ!・・・」
汀がすがり付く。
「死なないでっっ!・・・和志っ・・・」
血の気を失った和志の唇が動く。
「・・・ごめん・・・汀・・・俺はもう・・・駄目みたいだ・・・」
「嫌だぁぁっ!!・・・僕を一人にしないでーっっ!!」
取り乱す汀を見て・・・悲しそうに和志が微笑む。
しかし・・・
咳き込む度に、苦しそうに血を吐き・・・
そして・・・
どうにか、目だけを加賀見に向ける。
「どうか・・・汀を・・・頼み・・・ます・・・」
「わかった・・・あの男には指一本触れさせない・・・安心しろ・・・」
ああ・・・この人もヤクザ・・・
なぜ俺は嫌っていたんだろう・・・ヤクザを・・・
「・・・俺の・・・兄に会ったら・・・伝えて下さ・・・い・・・
あの時の電話・・・俺が・・・悪かった・・・ごめん・・・なさい・・・って・・・」
加賀見に、必死で自分の思いを託す和志。
「わかったからもう喋るんじゃ無い。」
しかし和志は悟っていた。
もう・・・最後だ・・・と。
残った力のすべてで、手を伸ばす・・・
そして・・・
汀の頬に・・・髪に・・・指で触れる。
既に体温を失い、驚くほど冷たい和志の手が、汀の心を締め付ける。
「な・・・汀・・・」
「いや・・・和志・・・死なない・・・で・・・」
言葉にならない。
「ずっと・・・そばに・・・汀の・・・そ・・・そばに・・・居たかっ・・・た・・・」
涙がひと筋・・・
和志の頬を伝う。
「和志ーっ・・・ううぅ・・・和志ぃ・・・」
そして・・・
今一度、息を吸おうと、必死で身体を強張らせる・・・
あと・・・あと一言・・・
「・・・なぎ・・・さ・・・しあわ・・・せに・・・な・・・るん・・・だ・・・・・・」
そして・・・
汀に伸ばされた手が・・・
まるで糸が切れた様に、ぱたんと落ちた。
「和志ーっ・・・和志ーーーっっ!!・・・」
一人の男が・・・
その生涯を閉じた瞬間だった。
哀しい運命を想い
月は嘆き悲しむ
蒼白い光で
煌々と闇夜に輝き
嘆きの月は
哀しい恋人達を照らし出す
無残な恋人達を想い
月は嘆き悲しむ
蒼白い光で
煌々と闇夜に輝き
嘆きの月は
無残な運命を映し出す
全てを知る星
嘆きの月よ
その蒼白い光の前で
全てを照らし映し出す
定めに翻弄され
複雑に絡み合う運命の糸
嘆きの月は
全てを知っている
死を司る星
嘆きの月よ
その蒼白い光の前で
消え逝く命を照らし出す
定めに翻弄され
無残に断ち切られた運命の糸
全てを知っていても
どうなるか分かっていても
嘆きの月は
何も出来ない
哀しい運命を想い
月は嘆き悲しむ
そして今宵も
全ての悲しみの上に降臨し
闇夜に輝く
全てを知りえる
嘆きの月は
何も出来ずに
今宵も輝く
享年24歳
榊原和志 永眠す
決して楽では無かったが、必死で生きてきた。
しかし・・・
その男の短すぎる生涯は・・・
永遠に閉ざされた。
汀に向けて、見開かれたままの和志の瞳・・・
その目蓋を、加賀見は、そっと閉じてやった。
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