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「風邪ひくとマズイから・・・そろそろ帰ろ・・・」
「うん・・・」
和志が呼び掛け、汀が答える。
何でもないような受け答えが、何故か新鮮な感動を与えてくれる。
相手のそんな自然な振る舞いが、今の二人には、何よりも必要だったのかもしれない。
落ち着きを取り戻した二人は、駅の近くの公園を出て帰路についた。
和志の家までは、歩いて10分ほどだろうか・・・
通いなれた線路沿いの小道・・・
10日程しか経っていないというのに、変に懐かしく感じてしまう汀。
人通りも少なく薄暗いので、人の目も気にならない。
しっかりと和志の腕につかまり、寄り添うように二人は歩く。
時折通る電車が風を呼び、汀の髪をなびかせる。
「寒くないか?・・・」
電車の窓から漏れ出る明かりで、優しそうな和志の笑顔が明滅する。
「大丈夫・・・」
微笑を返す汀。
「暖かくなったら、計画通り海に行こうな・・・」
「うん・・・」
電車の音が遠くに去って行き、再び静寂が訪れる。
「和志・・・部屋に着いたら、何か温かい物を作ってあげるよ・・・」
「汀の手料理も久しぶりだなあ・・・楽しみだ・・・」
「ねえ・・・何が食べたい?」
「何でもいいよ・・・汀の作った物なら・・・」
「じゃあ冷蔵庫を見てから考えよう・・・」
汀は、ささやかな幸せを感じていた。
この人の所へ戻る事が出来て、本当によかった・・・
「でも・・・成久って・・・酷いヤツだよな・・・」
和志の問いに、汀は無言で頷く。
言葉を捜すように、しばらくは和志も黙っていたが、
やがて、ふいに足を止め、汀の目をじっと見つめた。
「汀・・・俺は命がけで守るよ・・・お前の事を・・・これからずっと・・・」
「うん・・・」
「だから・・・忘れちゃえよ、そんなヤツ・・・野良犬にでも噛まれたと思ってさ・・・」
和志はそう言うと・・・しっかりと汀を抱きしめた・・・
『誰が野良犬だってっっ!?』
突然背後から声がする。
同時に振り返る二人。
暗がりから繰り出された拳を、避ける間も無く頬に受ける和志。
もんどりうって路上に転がる和志に、黒い人影が続け様に蹴りを放つ。
「ぐっ!!・・・だ・・・誰だ・・・」
苦しそうに喘ぐ和志に、闇の中から怒声が浴びせられる。
「うるせえっっ!、俺の汀を横取りしやがってっっ!!・・・殺すぞっコラッッ!!!」
「な・・・成久っ・・・」
声の主が誰なのか悟り、悲鳴にも似た声で叫ぶ汀。
「久しぶりだな、汀・・・俺はお前が逃げてから、ずっとコイツの跡をつけていたんだ・・・
そうすれば、きっとお前は現れるはずだってな・・・」
「や・・・やめてーっ!」
汀の言葉など、まるで聞こえていないかの様に、執拗に和志を蹴り続ける人影。
「しっかし、マヌケな男だぜっ!・・・何日も跡をつけてたのに、何で気付かないんだ?
さっきだって同じ電車に乗ってたのに・・・全く馬鹿なヤツだ・・・ククク・・・」
「お願い、成久っ・・・僕はどうなってもいいから・・・その人に酷い事しないでっっ!・・・」
海老のように背を丸め、容赦無い暴行に耐えていた和志。
しかし・・・汀の悲鳴で・・・和志の心で「何か」が切れた・・・
ぐっ・・・こいつが・・・な・・・成久だと?・・・
和志の体内に、痛みを麻痺させるほどの怒りが一瞬にして燃え上がる。
「うおおおおおおっっ!!・・・」
弾けたバネのように、怒りにまかせて成久に跳びかかる。
お前だけは・・・
お前だけは絶対に許さないっ!!・・・
渾身の力で殴る・・・
左手で成久の襟首をつかみ上げ、
右の拳を何度も何度も打ち付ける。
「おらああっっ!!・・・お前だけは・・・お前だけは絶対ゆるさんっっ!!」
二人に体格差などはほとんど無かった。
しかし成久は、幼い頃から人に殴られた事など皆無だ。
思わぬ抵抗に為す術を知らず、たじろいた。
「くそっ、くそぉっっ!!・・・謝れっ!!・・・汀に謝れっ!!」
「やめろ・・・わかった・・・謝るから・・・やめてくれ・・・」
戦意を喪失した成久は、そう言って和志に懇願し始める。
そして・・・ようやく和志も手を止め、成久を突き放すように解放した。
「早く謝れっ!!・・・汀に土下座して謝るんだっ!!」
その時・・・
和志には一瞬、成久が笑ったように見えた・・・
次の瞬間・・・
成久の右手で「何か」がキラリと光る。
「やめてーーーっっ!!」
ほんの僅か・・・先に気付いた汀が叫ぶ。
月光を反射し、鈍く輝いた「凶器」は、青白い残像を残し、和志の脇腹に突き刺さった。
「ぐぅ!・・・」
深々と身体を貫いたナイフ・・・
焼かれるような痛みに苦痛の表情を浮かべ、低くうめく和志。
「ほらほら・・・汀を命がけで守るんだろ?・・・ククク・・・笑わせてくれるぜ・・・」
成久は、ゆっくりと和志の身体からナイフを抜いてゆく。
「・・・っ!・・・」
凶器は赤い赤い血で彩られ、月明かりの下で妖しい光を放つ。
自分の腹からズルリと姿を現わした「それ」を、何処か現実味の無い感覚で呆然と見つめる和志。
「・・・・」
一瞬の光景に、叫ぶ事さえ忘れ、唯々立ち尽くす汀。
「悪く思うな・・・高卒の分際で人様のモノに手を出した、お前が悪いんだ。」
「き・・・きさま・・・」
和志は、必死で手を伸ばし、成久のコートを掴む。
「ククク・・・全く諦めの悪い・・・これだから育ちの悪い奴は困る・・・
お前にもう用は無いんだ・・・死ねっ!!」
和志の腹を、再び凶器が貫く。
深く深く・・・
腕までめり込ませようというように、激しく突く。
「やめてーーーっっ!!」
汀が叫ぶ。
泣き叫ぶ。
「な・・・汀は・・・お・・・俺が・・・守る・・・」
成久のコートを必死で掴み、絞り出す様に言葉を吐く和志。
「フッ・・・まだそんな事を・・・」
乱暴に凶器を引き抜く成久。
その口元には、笑みさえ浮かべている。
「本当にピエロだな、お前は・・・いい事を教えてやろう。
あいつを抱いたのは三年ぶりだったが・・・ククク・・・汀の奴、いい声で鳴いたぜ・・・
感じ過ぎて涙を流すほどヨガッてたぞ。お前にも見せてやりたかったぜ・・・」
「う・・・嘘だ・・・」
「嘘なもんか・・・俺はアイツの身体を知り尽くしてる。すべて俺が仕込んだんだから当然だろ?
だから汀にしてみりゃ、俺の『代役』なんて、お前でも誰でも良かったのさ。
ほらほら・・・そんなに力んだら内蔵がはみ出すぞ・・・」
苦痛に歯を食いしばり、言葉を吐き出す和志。
「それでも・・・汀は・・・俺を選んだ・・・」
「まあどう思おうがお前の勝手だが、とにかく汀は返してもらう。
もう『代役』は必要ない・・・消えろ・・・」
血でぬめるナイフをしっかりと握り直し、
その鋭利な先端に・・・狂った殺意を込めて・・・
成久は何の躊躇いも無くトドメの一突きを繰り出す。
「・・・うぐぅっ!・・・」
三度も貫かれた傷口から、力と温もりが流れ出る。
《 カン・カン・カン・カン・・・》
遠くで踏み切りが鳴り始めている。
やがて電車が通りかかり、その窓から漏れ出る明かりが、凄惨な光景を照らし出す。
死ぬのか・・・俺は・・・
苦悶にあえぎながら・・・
和志の視線が汀を追って彷徨う・・・
絶望の涙を浮かべ汀を見つめる瞳・・・
「辛いだろう?・・・今、楽にしてやる・・・」
和志の体内を、えぐる様に・・・ナイフをねじる成久。
電車の通過音と・・・
フラッシュライトのような・・・断続的な光の帯の中・・・
「・・・ごふっ!・・・」
大量の血を吐き、力尽きたように崩れ落ちる和志。
掴んだ成久のコートから、ボタンがバラバラと千切れ落ちる。
目まぐるしく明滅する光・・・
その中で、ゆっくりとしたコマ送りの映像のように、すべてが汀の網膜に焼き付いてゆく。
「か・・・和志ーーっっ!!」
叫びは、電車の音にかき消され・・・
赤い・・・赤い・・・
血の色だけが鮮明に浮き上がって見えていた・・・
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