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二人を乗せた黒塗りの高級外車・・・
他を威圧するようなその大きなボディを、ぐいぐいと加速させ、夜の流れの中に滑り込んで行く。
驚くほど広い後部座席の、大きくゆったりとしたシートに、ぽつんと一人で座っている汀。
もちろんこんな高級車に乗ったのは初めてだった。
広すぎて何だか落ち着かない。
濃いスモークフィルムが貼られたウインド・・・
外からは真っ黒で中が全然見えないというのに、
中からは意外と外の景色が見える事が、とても不思議に感じてしまう。
そして、ぼんやりと外を眺めながら、これから再会する和志に、どう説明したものか考えてみる。
全てを話そうと、決心だけはしてみたものの、
何とも言えぬ不安が、しこりの様に汀の胸に詰まる。
ハンドルを握る藤堂は、そんな汀をミラーでちらちら見ていた。
「汀さん、何か考え事ですか?」
どうやら藤堂は、車の中に漂う沈黙に耐えられなかったようだ。
「えっ?・・・あっ・・・ごめんなさい、ちょっとぼんやりしてました。」
我に返ったように、慌てて答える汀・・・
それに対し藤堂の言ったのは、意外な台詞だった。
「さっきは・・・悪かったな・・・盗み聞きなんて言って・・・」
ぼそりと・・・聞こえるか聞こえないような小さな声。
「えっ?・・・そんな・・・僕が・・・誤解を招くような事をしたから・・・」
困ったように、汀が言うと藤堂は少しだけ笑いをにじませた声で言った。
「なあ、あんたって・・・兄弟とかいるのか?」
「いや・・・僕は・・・身寄りがないんです・・・」
汀の声は、少しだけ沈んだものとなる。
「あ・・・悪ぃ・・・まずい事聞いちゃったな・・・」
実際には、汀の両親は居るには居た。
しかし、彼がまだ幼い頃に離婚した両親は、それぞれに再婚し、新たな子供を作り、
やがて父も母も、汀をかえりみる事なく、連絡さえ途絶えがちになっていた。
「実は・・・だいぶ歳が離れているんだけど・・・俺には、弟がいるんだ・・・」
藤堂が、照れ臭そうに語りだす。
「今年でもう6歳になってるんだ・・・随分と大きくなってるだろうな・・・」
「一緒に暮らしてはいないんですか?」
「ああ・・・ちょっと事情があってな・・・まだ一緒には暮らせないんだ・・・
けど・・・きっと・・・幸せに育ってると思う。」
藤堂は、弟の事をどれほど大事に、そして可愛く想っているのか、一生懸命、汀に説明した。
「羨ましいです・・・僕も・・・兄弟がいたら、どんなに励みになったか・・・」
汀は、心の底から、羨ましいと思っていた。
いつも、孤独だけはすぐ側にあり、それから逃げるように人の温もりを追い求めてきた。
兄弟・・・
せめて兄が居たら・・・姉が居たらと、今までに何度思った事だろう。
もし、血の繋がった兄弟が居たのなら・・・
人恋しく、常に愛に飢えていた僕の人生は、違ったモノになっていたのかもしれない。
再び黙り込んでしまった汀に、藤堂は明るく声を掛けた。
「俺・・・組長が、何の縁も無い人を助けをするの・・・初めて見たよ。
だから組長も・・・あんなムズカシイ顔してても・・・汀さんの事を気に入っているんだぜ・・・」
「え~・・・そうなんですか?」
「こっちに来た時には、また寄りなよ・・・きっと組長も喜ぶんじゃないかな・・・
汀さんに身寄りが無いんなら、俺が兄弟になってやるよ・・・」
「きょ・・・兄弟って・・・あの・・・盃を受けろって事?」
「ハッハッハッ・・・汀さんみたいなヤクザ・・・要らないよ・・・」
「だって・・・」
「兄弟みたいな付き合いって事さっ!・・・ハッハッハッ・・・それより・・・汀さんって、何歳?」
二人は、互いの歳を教え合い、驚いた事に藤堂の方が年下だったことが判明する。
「あちゃ~・・・やっぱり俺が一番下っ端かよ~・・・」
「藤堂さん、兄貴って呼んでくれるの?・・・フフフッ・・・」
「勘弁してくれよ~」
やがて・・・車は和志の家の近所までやって来ていた。
しかし、この辺りの土地勘の無い藤堂には、どの路地を入ればいいのか分からない。
「汀さん・・・家はどの辺りです?・・・もう近くまで来てるはずなんだけど・・・」
「ああ、ここを真っ直ぐに行ったら駅があるんで、そこで結構です・・・」
「いや・・・組長に家まで送れと言われているから・・・」
「でも・・・駅で人と待ち合わせしてるんで・・・」
藤堂は、少しの間考えていたが、やがて仕方が無いといった風に溜息をついた。
「じゃあしょうが無いな・・・もし俺が組長に怒られたら、汀さんのせいだぜ・・・」
そして・・・
希望通り、駅の前で降ろしてもらった汀。
真っ黒のウインドゥガラスを少し開け、藤堂は軽く手をあげ、短くクラクションを鳴らした。
方向転換して走り去る、黒ずくめのメルツェデス・ベンツを、汀は手を振って見送った。
車が見えなくなったころ・・・
汀は、急に心細くなっている自分に戸惑っていた。
もう引き返す事は出来ない。
藤堂は、ああ言っていたが・・・今更、加賀見さんの所へ戻る事も出来ない。
和志が全てを受け入れてくれなかった時は・・・
もう帰る所など無い・・・
汀は、次第に膨れ上がる不安を胸に、駅に向かって足早に歩き出す。
久しぶりに触れる外の空気・・・
冷たい風が更に不安をあおる・・・
和志・・・
全てを話すよ。
君にだけは・・・もう隠し事はしない。
だから・・・
虫のいい話だと軽蔑されるだろうけど・・・
出来るならもう一度、僕を受け止めて欲しい・・・
お願いだ・・・
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