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今思えば、一目見た瞬間に囚われていたのだろう。
★★★★
亜貴の頭がゆらゆらと傾くのを男は楽しそうに見ていた。
男は、理事長室で、学園内で、車の前で、ただ一人だけ亜貴に話し掛けた人物である。
高価なスーツを着こなし、細い銀のフレームの眼鏡をかけ、端正な顔立ちをした男は、
一目見ただけではどこかのエリートサラリーマンに見えた。
だが、その切れ長の瞳に浮かぶ鋭い眼差しは男が一般の人間ではない事を物語っていた。
男の名前は、賀陽結城(かよう ゆうき)という。
結城は、揺れている亜貴の頭をそっと自分の膝の上にのせると、
優しい手つきで亜貴の額にかかる髪をかきあげた。
結城の膝の上で、亜貴は無邪気な顔で眠っていた。
★★★
車が目的地に着き動きを止めた。
助手席に座っていた男が外に回って扉を開ける。
扉から、外の冷たい外気が車中に入って来るのを結城は肌で感じた。
結城の膝の上で亜貴が寒そうに体を震わせ、
まるで温もりを求めるように結城に体を摺り寄せた。
そのまま亜貴が、目を覚ますのかと思い眺めていた結城は、
自分に擦り寄り暖を取る亜貴を不思議な思いで見つめた。
ーーーこの感情は、何だろうか・・・
結局、亜貴は目覚めなかった。
結城は、眠る亜貴を大事そうにそっと抱き抱えると歩き出す。
その結城の周囲を、男達がガードするように固めた。
道行く人々は、関わりになる事を恐れるように視線を落とし道を譲った。
だが、とある中年の女性達は俯きつつも結城から視線が逸らせないでいた。
正確にいえば、結城と亜貴から視線を逸らせないのだ。
一見すれば、エリートサラリーマンに見える結城だが・・・・
その鋭い眼差しは、結城が只者ではない事を示し。
なお、一目でその筋の者とわかる男達に囲まれ歩く結城は・・・
やはり、一般人には見えない。
そんな結城が、赤いダッフルコートを着た意識の無い少年を抱えて歩いている。
「誘拐・・・?」
その割には、結城は人目を気にしている様子もなく・・・
ちらりと見ただけの少年は、無邪気な顔で眠っているように見えて・・・
同じ年頃の息子を持っているのだろう彼女達は、つい気になってしまい二人を見てしまうのである。
「う・・・ん・・」
結城の腕の中で亜貴が、声をあげた。
もう、目が覚めたのかと、結城は少し残念に思いながらその顔を見つめた。
結城はもう少しだけ、この腕の中の重み感じていたかった。
「う・・・んぅ。」
不満そうな声をあげ亜貴は、結城の腕の中で動く。
結城が、亜貴をしっかりと抱えなおした。
すると、亜貴は身動きを止め満足げに笑う。
結城は、その笑顔を見て口元を弛ませる。
それを見ていた、彼女達は思った。
どうやら、誘拐ではないみたいね・・・
あの人、すごく表情が変わったわね・・・
とても優しい顔になったわね・・・
そう、彼女達は小声でささやきあいながら結城たちの後姿を見送った。
もちろん、そんな会話など結城はしるよしもないが・・・
★★★★
「目が覚めましたか?」
ぼんやりとした頭で、亜貴は考える。
ーーーこの人誰やったかな?
確か、学園長室で会った男前や・・・・
顔の前にある結城の顔をしげしげと見つめながら、亜貴は思う。
ーーーこの人もてるんやろうなぁ。
うん?
「あれ?」
やっと、今の自分の状態に亜貴は気がつく。
「あっ!!」
結城は、亜貴が目を覚ましたかと思うと、
飛び起き顔を真っ赤に染めていくのを楽しい気分で見ていた。
「え・・と、膝枕してくれてたの、ありがとうございます。」
顔を真っ赤に染めながら亜貴は、結城に礼を言った。
ーーーなんか、中学生にもなって人の膝枕で熟睡するかあって思われてたら嫌やなあ。
でも、なんか気分よく眠れたわ。なんでやろう?
でも、ここってどこなんやろ?
不意に、亜貴は不安になり結城に聞いた。
「あの、ここどこなんやろう?」
亜貴の不安そうな顔に気がついた結城は、
そろそろ話しておいたほうがいいだろうと判断し話し始めた。
結城の話を亜貴は、最後まで黙って聞いていた。
結城の話は、こうだった。
亜貴の父、賀陽雄介は関東最大の派閥の組、「賀陽会の会長の息子」に生まれたのだが、
雄介は父の跡目を継ぐのを嫌がり家を飛び出た。
初め雄介の父である会長は、せめて連絡ぐらいはよこすだろうと思って連絡を待っていた。
だが、2年、3年が過ぎても連絡一つよこさない息子に会長はついに腹を立て、
息子を気にしつつもわざと探そうとしなかったらしい。
今年に入って、後妻の息子である結城に跡目を継がす事を決めた会長は、
長年の気がかりの元の雄介の消息を探しはじめる事にしたのだが・・・
結果は、1年前に一人息子を残して亡くなっていた。
息子の死にショックを受け悲しんだ会長は、
一人残された孫の事が心配になって結城に迎えに行くように命じたとのことらしい。
亜貴は、話を聞いて驚き思わず呟いた。
「そうなんや、俺なんも知らんかったわ・・・」
「亜貴様に聞かせたくなかったのじゃないですか?」
「うーん、わからへんわ。それよりも、結城さんは俺の叔父さんになるんやんなあ・・・
なのになんで俺に、様なんかつけるの?」
「叔父だといっても、私は会長と血が繋がってないしね。」
少し寂しそうに結城は言い、亜貴はそんな結城の言葉を聞いて寂しくなった。
ーーーそうやんなあ・・・・・
俺のおじいちゃんって人に命令されたから、迎えにきたんやもんなあ。
結城さんにとったら、めんどくさかったんかもしれへんよなあ。
だって、親の二人でさえ、言ってたもんなあ・・・
俺がおらんかったらいいのにって・・・
なんか、俺を必要としてくれる人っておるんかなあ。
もしかして、おじいちゃんも俺のこと本当はいらんって思ってるかもしれへんなあ。
「俺、これからどうなるん?」
「会長と一緒に暮らす事になると思います。」
「結城さんは、一緒やないん?」
「私も一緒の家にはいますが、亜貴様とは滅多に顔を合わすことはないでしょう。」
亜貴は、結城に絶対嫌われていると思った。
ーーーー「様」付けるし。
滅多に顔あわさへんって言うし・・・
俺の事嫌いなんやろうなあ。
それなら、もうどうでもいいから聞いてみたろうかなあ・・・
でも、俺立ち直られへんかもしれへんなあ。
でも、顔はよう見て聞かんから目逸らしとこ、あんまり好きやないけど・・・
その方が、ショック軽いやろうしなあ。
亜貴は、結城から視線を逸らし横を向き口を開いた。
「結城さんって、俺の事嫌いなんやない?」
結城は、どう答えていいのかわからずに言葉を詰まらせてしまった。
ーーーー何を言っているんだ・・・
この子が、私を嫌うならともかく・・・
私がこの子を嫌う理由がない。
結城は、亜貴みたいな人間に会った事がなかった。
今まで結城に、擦り寄ってくる人間はたくさんいたが・・・
それは、結城の持つ権力に魅せられてであって、
結城個人に惹かれているものはいなかった。
もちろん、結城の容姿に惹かれて近づく一般人もいたが、
結城が普通の者でないと気がつくと慌てて逃げ出していく。
過去に、友だと・・・心を許した者に手ひどく去られた事があった結城は、
わざと怜悧な印象を人に与えるようにしていた。
そうしていれば、誰も近づかない。
同じ世界の奴でさえも・・・
そんな、結城だったが・・・
初対面の時、亜貴は結城を見ても怖がらなかった。
その上、結城がいるのに眠っていた。
結城は、亜貴に対して不思議な感情を抱いていた。
この少年が、これからどんな道を歩いていくのかは結城にはわからない。
でも、出来るなら・・・
願ってはいけない事だが、側にいて欲しいと思ってしまっている自分がいた。
だからこそ、結城は戸惑ってしまうのだ。
結城は、嬉しかった。
『俺の事、嫌いなんやない?』
その質問は、結城に対して亜貴が少し好意を持っているという証拠だ。
結城は、言葉を探す。
亜貴は、そんな結城の顔を見ていた。
ーーーー何か、すごく困らせてるんやないか?
俺って・・・
ほんまに、嫌われてるんや・・・・
急に亜貴は、答えを聞くのが怖くなる。
何故か、体が震えてしまう。
ーーーー何なん?
俺、なんか泣きそうかもしれん。
結城は、亜貴が震えているのに気がつく。
「どうしたの?」
「ううん、なんでも・・・」
結城は、亜貴を抱きしめた。
結城に抱きしめられ亜貴は、焦る。
「なん・・・」
結城は、亜貴の頬に流れる涙をそっと指でぬぐう。
亜貴は、そこで初めて自分が泣いている事に気がついた。
「なん・・・俺・・・泣いてる・・・」
亜貴の瞳からは、ぽろぽろと涙が零れる。
結城は、亜貴の背中を撫でると耳元に囁く。
「私は、言葉が少し足りないのかもしれません。
亜貴さんの事を嫌いだなんて思ってはいませんよ。
ただ、不思議に思うだけです。」
「不思議ってなんで?」
しゃくりながら、亜貴は聞いた。
「私が、怖くはありませんか?」
「怖いって・・・何処が怖いん?」
「・・・・。」
「だってむちゃ、優しい目してるやん。
俺なあ、結城さんに嫌われたかと思ってすごく悲しかったんやで。」
「優しい目ですか・・・」
「うん、すごく優しい目してるで。」
「そうですか・・・」
結城は、嬉しそうに呟くと亜貴の頭を撫でた。
その感触が気持ちよくて、亜貴は甘えるように結城のスーツに頬を寄せた。
結城は、亜貴の頭を飽きる事無く何度も撫でていた。