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成人してからの清田は、笑顔を武器にして世の中を渡っていった。
不安定な心を笑顔で隠す。
誰も俺に近寄るな。
あたりさわりのない笑顔に誰もが騙される。
サラリーマンだった時も、その笑顔を巧みに使って優秀な営業成績を残した。
その後、警察官になって、交番勤務をしていた時も
誰からも好かれる、街のおまわりさんを演じきった。
清田の傷だらけの心に、誰も気が付かなかった。
そう、誰も・・・
しかし・・・
ある時から、思惑どうりには行かなくなった。
そう・・・
○○警察署に、刑事として配属されてから・・・
そこは、曲者が多い警察署だった。
人とは、うわべだけの付き合いでいいと思い、そう付き合ってきた清田から見たら・・・
眩しく感じてしまう人たちが働いていた。
小さな事件も、大きな事件でも同じように一生懸命捜査をしている。
はじめは、馬鹿じゃないのか?
そう思っていた。
どうして、そこまで人の為にがんばるんだろう?
それに・・・
あの人たちが、笑顔に騙されてくれたのは、初めだけだった。
笑顔の裏の感情まで、敏感に察する人達。
俺の気持ちなんかおかまい無しに、あの人達はどんどん俺の心に入ってくる。
無理もなかった。
命の危険が付きまとう仕事だ。
同僚に、自分の生命を託す事さえある。
信頼関係は、自然とできあがってしまっていた。
俺は、その新しい職場をとても気に入っている事に戸惑っていた。
そのうち、俺は・・・所轄と本庁との温度差に気がついてしまった。
事件がおこると、本庁からやってくるエリートさんたち・・・
情報をくれない事もある、捜査からはぶかれる事もある。
いいところだけ持って行き、嫌なことだけ押し付ける。
何よりも、本庁と所轄に協調性ってものがまったくなかった。
会社という組織に一度属した事があるから、エリートと一般社員とかの違いっていうのは理解できる。
だが、会社というのは利益を大切にする。
エリートさんは、仕事の出来る一般社員を大事にしてくれる。
それなのに、警察って組織では・・・
本庁の人は、所轄の「仕事できる人」をとっても嫌う。
合理性が悪いし、そーいう考え方がわからなかった。
どーにか、ならないのかな?
そう思っていた。
岬さん・・・あの人もそうだった。
「岬 はじめ」
警察庁のエリート・・・
本庁捜査一課、キャリアの中のキャリア・・・
所轄の平刑事には、雲の上のお偉いさん。
一番苦手なタイプの人間だった。
それでも、不思議な事に、俺と岬さんの考え方は、とても似ていた。
つまり、
「キャリア」と「ノンキャリア」
「本庁」と「所轄」
これらの間にあった「深い溝」を無くし、
「警察」という組織を改革しようという夢があったのだ。
そのために、岬は更に上を目差し、俺は、現場で踏ん張る・・・
それは、二人の間で交わされたある種の『約束』であった。
その後、なぜか岬さんとは何度も顔をあわせることになる。
あの人は、本庁の思う通りに動かない俺を、いつも庇ってくれた。
それも、何度も・・・
何で?
どうして庇ってくれるの?
もしかすると、岬さん自身の責任問題になりかねないのに・・・
上を目差すあの人が、こんな所でつまずいてはいけないのに・・・
なぜかあなたは、俺を放っておかないんだ。
俺は、何度もあなたの命令を無視した。
それなのに、あなたは言ったよね。
「君に私の下で働いて欲しかった。残念だ。」
どうして?・・・
なぜ下で働いて欲しいって思ったの?
必要としてくれるの?
俺の事を?
何時の間にか、誰よりも気になる存在になっていた。
俺の心には、あなたの存在が焼きついてしまっていたんだ。
自分でも知らないあいだに・・・
好きになりそうだった。
そんな事を考える自分が怖かった。
期待なんかしてはいけない・・・
好きになったら、
裏切られる・・・
失ってしまう・・・
だから、あまり近寄らないで・・・
大切なものは作らないって、あれほど心に決めたのに・・・
今までそうやって生きてきたのに・・・
俺は、気がつけば大事なものをたくさん作っていた。
大切なものを両手にいっぱい抱えていた。
同じ署の・・・仲間達
岬さんとの・・・「約束」
期待してしまう己が居る。
期待と不安が交互に襲う。
それでも毎日が充実していた。
こういう「幸せ」もあるんだ、とあらためて気付く。
このまま・・・
幸せを感じたまま死ねたらいいかな?
ふと、そんな考えが頭をよぎる。
「運命」が悪戯をする前に・・・
幸せな気分のままで・・・
そんな時、財閥の会長誘拐事件が起こった。
俺は、犯人を追いつめた所で、腹部をナイフで刺される重傷を負った。
大量の血が流れ出して、意識が遠くなるのを感じる。
死を予感した。
これで楽になれるのかな・・・
頭のどこかにそんな思いが、ふっと湧きあがり、
意識とともに消えていった。
目が覚めた時、一番最初に飛び込んできたのは・・・
気が強くて、男勝りの直美さんの泣きはらした顔だった。
「直美さん?」
どうして泣いているんだろう?
身体を動かそうとすると傷口に痛みが走り、ああ、刺されたんだったと思い出す。
どうやら、まだ生きているらしい・・・
「心配したんだからね。清田君ずっと意識がなかったから。皆も心配してたのよ。」
心配してくれていた・・・
泣きたくなった。
でも、どうやって泣いたらいいのかわからない。
「ごめんね。」
そう言って笑う清田の顔を見て、直美は胸が切なくなる。
彼は、感情表現がすごく豊かに見える。
だが直美は気がついていた。
彼が、笑顔で感情を隠していることに。
人当たりのいい笑顔で自分の感情を隠す。
大雑把に見えて、すごく繊細で傷つきやすいのだ。
でも、きっと彼はその事に気がついて欲しくないんだろう。
「清田君、今度ご馳走してよ。心配させた罰よ。」
清田は、直美を気に入っている。
だから、その言葉に笑顔を浮かべる。
心を開いたものに見せる笑顔を・・・ほんの少しだけ・・・
直美はその笑顔が好きだ。
仮面みたいな貼り付けた笑顔じゃない。
その笑顔が・・・
もっと、見れたらいいのにと思うのだった。
入院している間に、大切な事を知った。
必要としてくれている仲間がいること・・・
だから、早く現場に戻りたかった。
一日でも早く・・・
皆と一緒に働きたかった。
そして・・・
たった一人で頑張ってる岬さん・・・
あの人に負けないように頑張りたかった。
少しでも岬さんの力になれるなら・・・
自分に出来ることを精一杯してみたい。
死にたいなんてもう、考えない。
生きたい。
誰かに必要とされる限り。
そう・・・思うようになったのに・・・