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岬は、その病院に着くと、窓口にいた事務員を呼び止める。
「清田の・・・清田 春樹の主治医に・・・会わせてください。」
「身内の方ですか?」
「そうです。」
事務員は、パソコンの端末を操作して、何かを調べている。
「田所先生ですね・・・ちょっと聞いてみます。少々お待ち下さい・・・」
事務員は、内線電話で何処かへ連絡していた。
「お会いになるそうです。」
「ありがとう・・・」
案内された部屋へ入ると、一人の白衣の男が、馴れない手つきでコーヒーを入れていた。
「砂糖もミルクもありませんが飲みますか?」
振り向いた白衣の男は、岬の予想よりもかなり若かった。
背が高く、穏やかな表情をしていたが、目だけは使命感に燃えた強い光を放っている。
「いえ・・・どうぞおかまいなく・・・」
「そうですか・・・」
「あなたが、清田の担当の先生ですか?」
「そうです。外科医の田所です。まあ、立ってないでそちらに御掛け下さい。」
岬は、すすめられるままに古ぼけたソファに腰を下ろす。
「清田の・・・彼の病気の事を教えて下さい。彼の身体は・・・」
田所は、反対側のソファに座ると、コーヒーを一口すすり、軽く溜息をついた。
「・・・清田さんには、身内の方が居られないと伺っていますが・・・」
「・・・それは・・・」
答えに窮する岬を見て、嘘のつけない男だな、と田所は思う。
「あなたが岬さんですね?」
「なぜ私の事を?・・・」
「清田さんは、よくあなたの事を話していましたよ。とても嬉しそうにね・・・
本当にあなたの事が好きだったんですね。」
田所は、何かを思い出しているかのように、
手に持ったコーヒーカップの中を、じっと見つめている。
「先生・・・教えてくださいっ!清田の具合はどうなんですか?・・・先生っ!」
「岬さん、あなたも職業柄、ご存知でしょうけど、
医師には守秘義務というのがありましてね。
身内でも無い方に、患者さんの事を教える訳にはいかないんです。」
岬は、見ている方が気の毒になるほど、うなだれている。
「先生・・・俺はやっと気がついたんです。
自分の間違いに・・・自分の愚かさに・・・
大切な人の為に・・・何が出来るのか、知りたいんです。
先生・・・教えて下さい。俺は、清田の為に何が出来ますか?」
田所は、何も答えずに立ち上がった。
そして、白衣のポケットに手を入れ、窓際まで行く。
ブラインドの隙間からは、夜の街灯りが見えていた。
あの、街灯かりの中で・・・
必死に生きようとしている者が居る。
そして、それを命懸けで支えようとする者達が居る。
田所は、迷っていた。
脳裏に、清田との約束が蘇る。
( 職場とか、上司には言わないでください・・・)
もっとも、すでに榊と直美に、言ってしまっていたのだが・・・
この、岬という男・・・
一点の曇りもなく・・・清田さんを愛している。
そして、おそらく・・・清田さんも・・・
窓の外を見ながら、田所は口を開いた。
「あと・・・一ヶ月・・・よくもっても二ヶ月・・・」
ガタンと音を立てて、思わず立ち上がる岬。
「まさか・・・」
「本当です、岬さん・・・あなたは遅すぎたのですよ・・・」
田所は、振り向かずに続ける。
「私は、清田さんの考えと違って、誰かが側にいてあげるべきだと考えていました。
そして一ヶ月程前、彼が危険な状態になった時、
彼の側に居てくれたのは、榊さんと上田さんだったんです。
つまり、清田さんと私が選らんだのは・・・あの二人です。あなたではない。」
「・・・・」
岬は、返す言葉も無く、ただ唇を噛み締める。
「岬さん・・・なぜ、あなたが選ばれなかったか・・・わかりますか?」
絶望感に染まった瞳で、首を横に振りながら、岬は言葉を絞り出す。
「わかりません・・・俺が馬鹿だったんです。」
「そうではありません。清田さんは、今でもあなただけを愛しています。」
田所は、振り向くと岬の目を見て続けた。
「清田さんと、あなたは、『共有している理想』を実現するために、
ある『約束』をしたそうですね。」
「彼はそんな事まで先生に・・・」
「あくまでも私の想像ですが、清田さんは、自ら身を引いたのでしょう。
彼は・・・あなたが、清田さんよりも、仕事を選ぶことを望んだのです。
経歴に傷でもついたら『約束』が果たされないから。
あなたの足を引っ張るまい・・・
迷惑は、かけたくない・・・
先の短い自分の事で、つまずいて欲しくない・・・
きっとそう考えたんじゃないでしょうか?」
「・・・・」
田所は、ソファに戻ると、冷めたコーヒーを流し込む。
「つまり、岬さん・・・あなたを守ろうとしたのですよ・・・彼はそういう人です。」
田所の言葉を聞き、あらためて自分の愚かさを呪う岬。
「春樹・・・」
呟くように愛しい人の名を呼ぶ。
知らなかった。
気付かなかった。
お前は、確実に俺を遠ざける為に、わざとあんな言葉を選んだのか?
俺が一番傷つくだろう、容赦ない言葉を・・・
感情的になった俺は、疑う事を考えなかった。
ただお前に怒りをぶつけてしまった。
辛かっただろう・・・春樹・・・
「岬さん・・・色々とあなたに話してしまいましたが、
清田さんは、あなたに知られる事を、望んではいませんでした。
だから あなたは、まず自分の立場を大事にしてください。
清田さんが、残り少ない命をかけて、守ろうとしたのですから。」
「先生・・・それでは、俺に春樹に会うな、と言うのですか?」
「それは、あなたが答えを出すことです。
よく考えるべきです。清田さんの為に何が出来るか・・・
ただし・・・彼が悲しむ様な事は、絶対にしないでください。
もしそれが出来なかった時は・・・
岬さん・・・私はあなたを絶対に許さないでしょう・・・」
岬は、しばらく俯いていたが、やがて顔を上げた。
その眉間には、深く深く縦皺が刻まれている。
「わかりました・・・自分なりに何が出来るか・・・考えてみます。
どうもお世話になりました・・・」
岬は、田所に会釈をする。
「どうやら私は、医師として失格のようだな・・・」
「無理言ってすいませんでした・・・では失礼します。」
出口に向かう岬・・・途中でふと立ち止まる。
「先生・・・」
( もしかして先生も・・・春樹の事を・・・)
「・・・いや・・・何でもないです。おやすみなさい。」
田所は、ドアの向こうを去ってゆく、岬の足音を聞いていた。
よかったのだろうか?・・・
私のした事は・・・
清田さん・・・
すいません・・・
約束を破ってしまいました・・・