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身体のあちこちが痛い。
ぼろぼろの体を引き摺って岬の部屋を後にする。
そしてタイミングよく来たタクシーに乗り込む。
乱暴に扱われた身体の痛みより、
心の痛みの方が遥かに耐え難い。
この痛みは一生消える事などないだろう。
もっとも「一生」そのものの終わりも近いのだが・・・
運転手がちらちらと清田の顔を見ている。
「俺の顔・・・何んかついてます?」
そう聞いた清田に、反対に運転手のほうが聞いてきた。
「好きな人と・・・喧嘩でもしたんですか?・・・」
心配そうな声だった。
どこか、その声に聞き覚えがあった。
「喧嘩?・・・そうですね。」
そう・・・喧嘩ならいいのに・・・
「早く仲直りしなきゃね。・・・きっと謝れば許してくれますよ。
だって、あんなに仲がよかったんですからね。」
「え?」
「お客さん、覚えてないんですか? 以前に・・・今乗ったとこまで・・・
ほら、もう一人・・・眉間に・・・」
「ああ・・・」
「いやね、覚えてたんですよ。二人とも印象的だったから。」
運転手は、心配そうに笑顔をつくる。
あの時の・・・運転手だった。
『恋人同士の痴話げんか・・・』
思えばこの言葉がなければ、岬とはあんなことになっていなかったかもしれない。
一瞬そう思った。
だが、岬と過した幸せな時間は、あの一言のおかげでもあった。
「ありがとう。」
「へ?」
「ここで止めてください。」
「でも・・・」
「彼を呼び出してみます。もし迎えに来てくれたら、謝りますよ。」
運転手を心配させまいと・・・嘘をつく。
いったい誰を呼び出すと言うんだ?
俺は・・・
「ああ。」
納得した顔を運転手はする。
「戻るのはしゃくだから、呼び出すんですね。うん、早く仲直りしてくださいよ。」
そう言って運転手は車を止める。
「いくらですか?」
ポケットを探って、清田は財布がない事に気がつく。
岬の部屋へ忘れてきていた。
どうしようかと考えている清田に笑って運転手は言う。
「いいですよ、次に二人で仲良く乗ってくれたら。」
「・・・すいません。」
清田はタクシーが遠くなるまで見送っていた。
二度会っただけなのに、なぜあの運転手はああも優しいのか・・・
自分などに・・・
泣きたくなった。
優しさが痛かった。
心に・・・
夜の街を清田は、行くあてもなく歩いている。
ぽつぽつと頬にかかるものに空を見上げれば、
雨が降りだし始めていた。
雨・・・
天が流す涙。
昔誰かがそう言っていた。
天が泣いているんだ。
俺も・・・泣いてもいいかな。
「もういいよね。泣いてもいいよね。」
誰に聞くともなく清田はつぶやく。
雨足は激しくなり、
容赦なく清田の体に降り注ぐ。
雨音は清田の嗚咽をかき消して、
雨は涙を隠す。
激しい雨の中で清田は泣いた。
子供みたいに、体を丸めて泣いていた。