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あの日・・・
僕は、一番大切なものを失った・・・
優しい兄さんを失った・・・
幼い頃は・・・
ただ無邪気に、なついていればよかった。
悲しくなったら・・・
寂しくなったら・・・
甘えたくなったら・・・
僕は、兄さんの所に行っていた。
そして、黙って両手を差し出すだけで、兄さんは僕を抱きしめてくれた。
優しく笑いながら・・・
ぎゅって、抱きしめてくれた。
そのぬくもりを感じると、僕は安心感に包まれて、とても幸せな気持ちになれた。
そうしてもらう事が、この頃の僕にとっては当たり前だったのだ。
でも、大きくなるにつれて、僕にもわかってきた事がある。
当時、すでに西条財閥の仕事をしていた兄さんの時間を、
自分がどれほど邪魔していたかって事を・・・
それと共に、この西条の家での自分の立場もわかってきた。
兄さんには「弟が二人」がいた。
僕と、直道さんがそうだ。
直道さんは、僕にとっては、もう一人の「兄」にあたる。
僕は、直道兄さんと呼んでいた。
直道兄さんは、「父」が外で作った子供だった。
誠司兄さんと同じ血を半分引く弟だ。
僕とは違う・・・兄さんの「本当の弟」なんだ。
僕は、正確に言えば兄さんの「弟」じゃない。
この家の前に捨てられた「捨て子」だ。
この意味わかる・・・?
僕は、西条の家の血を一滴も引いていないんだ。
本当だったら僕は、この家にいる資格がないんだ。
その事を教えてくれたのは・・・直道兄さんだった。
あの日の朝・・・
僕は、いつものように、仕事に出掛ける兄さんを、玄関口まで見送りに行った。
「なつ、今日は兄さん、帰ってくるの遅くなるから、先に寝てるんだぞ。」
鞄を渡しながら、僕が返事をする。
「はぁい。」
兄さんは、僕の頭をくしゃって撫でながら笑った。
「兄さん、行ってらっしゃい。」
そして僕は、兄さんの姿が見えなくなるまで見送るのだ。
いつもの朝と、同じ光景・・・
そして、今日は一日、何をして過ごそうか、などと考えながら部屋に帰った。
すると・・・
なぜか部屋の前に、直道兄さんがいた。
僕が部屋に戻るのを待っていたかのように・・・
幼い頃から、僕はこの兄が苦手だった。
誠司兄さんのいないところで・・・・何かにつけ、意地悪をされたからだと思う。
僕の顔を見るなり、直道兄さんは言った。
「夏樹、お前いつまで誠司さんの荷物になってるつもりなんだ?」
僕は、直道兄さんの言ってる意味がわからなくて困ってしまった。
「荷物・・・?僕が・・・?」
「ああ、そうだよ。西条の血を一滴も引いていない捨て子の癖に!!」
「捨て子・・・」
そう・・・
僕は、忘れていたんだ。
あまりにも、幸せだったから・・・
「誠司さんも、いい迷惑だよなっ、いつまでも手間のかかるお前がそばにいたんじゃ!!」
直道兄さんはそう言うと、僕を一人残して歩き去った。
忘れていたんだ。本当に・・・
あまりにも幸せだったから・・・毎日が・・・
兄さんに迷惑をかけていたなんてわからなかったんだ。
どうしよう・・・どうしたらいいんだろう?・・・
はじめて会った時から、僕に優しかった兄さん。
僕は『優しい兄さん』の側に居たい・・・
その時、僕は気がついた。
僕は、兄さんに怒られた事がない・・・
兄さんはいつでも「僕だけに」優しい。
あの日の母のように・・・
そう・・・
僕は知っている。
人は時に、別離のために優しくなる事が出来るって・・・
優しかった母さん・・・
でも、母さんは僕を捨てた。
そして兄さんも、僕だけに優しい・・・
どうして?・・・
僕が捨て子だから?・・・
可哀相だから?・・・
兄さんが・・・
もし僕に飽きたら・・・
また僕は捨てられるの?
どうして、兄さんは僕を怒らないの?
それは可哀相なだけで・・・
愛してないから?・・・
その夜、兄さんが帰ってくるまで、寝ないで起きていた僕・・・
不安で堪らない心を、どうにかして欲しかったのだ。
はっきりと・・・兄さんの口から聞けば、すっきりする・・・
僕はそう思っていた。
やがて・・・
廊下の軋む音がして・・・
兄さんが帰って来たんだと思った僕は、部屋の扉を開けた。
でも、そこにいたのは・・・
誠司兄さんじゃなく・・・
「直道兄さん・・・どうして・・・」
僕は、また何か言われるんじゃないかと不安になった。
「夏樹・・・」
直道兄さんは、僕の部屋へ入って来ると、後ろ手にその扉を閉める。
「夏樹・・・朝は、嫌な事を言ってしまって・・・ごめん・・・」
直道兄さんは、慎重に言葉を選ぶように、ゆっくりと続ける。
「俺・・・心配だったんだ・・・今のままでは・・・
きっとそのうち、誠司さんは、お前の事が邪魔になるって・・・
だから、つい夏樹には嫌な事ばかり・・・
今までも・・・色々と意地悪して、悪かったと思っている・・・」
僕は、直道兄さんの意外な台詞に、何も答えられない。
「夏樹・・・お前、この家から追い出されたいか?」
追い出されたいわけがない。
僕は、困り果てて直道兄さんの顔を見る。
「俺から・・・誠司さんに頼んでやろうか?」
直道兄さんは僕に言った。
僕には、頷く事しか出来なかった。
「じゃあ、俺の言うことを何でも聞くか?」
僕は、頷いた・・・
だって、他にどうしたらいいのか・・・わからなかったから。
だから直道兄さんが、僕を突き飛ばすように、ベットに押し倒した時も意味がわからなかった。
「直道兄さん・・・重たいよ。」
「黙ってろ・・・夏樹・・・」
そう言って、僕のパジャマを脱がしはじめる直道兄さん。
そこで初めて何か変だと思い、暴れたけれど、力では到底叶わない。
僕は体中を触られて、鳥肌がたった。
「嫌っ・・・いやだあ・・・」
泣きながら訴える僕に、直道兄さんは耳元でささやく。
「追い出されたくなかったら、声を立てるな・・・わかったな、夏樹・・・」
僕は・・・唇を噛んでうなずいた。
だって・・・そうするしか・・・なかった・・・
その頃の僕は、あまりにも無知で幼く、直道兄さんの目的が、何なのかさえ解らず・・・
ただ・・・追い出されたくない・・・その一心で必死に耐えたのだ。
僕が声を殺しているのをいい事に、直道兄さんの触り方が、次第に大胆になる。
固く目を閉じた僕の首すじを・・・生暖かい唇が這い回る・・・
その時だった・・・
「お前達っ、何をしているんだっ!」
低く・・・怒りを含んだ冷たい声・・・
誠司兄さんだ・・・
僕達二人は、全然気付かなかった。
きっと、僕がもう寝ているだろうと、そっと入って来たのだろう。
直道兄さんは、慌てて僕の上から飛び降りた。
誠司兄さんは、脱がされた僕を見て・・・
険しい顔で目を逸らす・・・
「服を着ろっ!・・・夏樹っ!」
初めて聞く・・・兄さんの冷たい声・・・
「夏樹が誘ったんだっ・・・」
直道兄さんの声・・・
「直道っっ!!・・・」
次の瞬間、兄さんは、直道兄さんを殴っていた。
何度も何度も殴られて、直道兄さんの顔の形が、みるみる変わってゆく。
あの優しい兄さんが・・・
目の前で見ている光景が信じられなかった・・・
僕は、怖くて泣き出した。
そして・・・
やっと殴るのをやめた兄さんは、僕に向って聞いてきた。
「直道の言った事は、本当か?」
何の事?・・・
誘ったって何?・・・
僕が何かしたの?・・・
「誘った」の意味さえ解らず・・・
ぐったりと動かない直道兄さんに聞く事も出来ず・・・
戸惑い、混乱した僕は、ただ泣く事しか出来なかった。
黙ったままの僕を・・・兄さんは、冷たい目で睨んで言った。
「本当なんだな・・・」
どこか悲しそうに聞こえた・・・兄さんの声・・・
部屋を出て行こうとするその後姿に、僕は思わず呼びかけた。
「兄さん・・・」
僕の言葉に・・・振り返った兄さんの言葉・・・
「お前は、俺の弟なんかじゃないっ!!二度と兄さんなんて呼ぶなっっ!!」
吐き捨てるように・・・
ある意味、母に捨てられた時より、痛い言葉・・・
「いいか?・・・今度同じ事をしてみろっ!この家から叩き出してやるっ!」
悲しみと恐怖で・・・
僕は頷くしかなかった。
「同じ事」の意味も・・・やはり解らないままに・・・
引き摺るように身体を起こした直道兄さん・・・
部屋から出て行く時に、泣いている僕に、言った。
「夏樹・・・ごめんな・・・本当にごめんな・・・」
直道兄さんも・・・泣いていた・・・
そして、僕は一人になった。
次の日、直道兄さんの姿は家の中にはなく、僕は兄さんに言われた言葉に凍りついた。
「直道は、この家から追い出した。お前も追い出されないように気をつけるんだな。」
その日から、全てが変わった・・・
兄さんの僕を見る目は冷たくなり、話しもしなくなり、僕を抱きしめる事もなくなった。
きっと、お情けで、おいてくれているんだろう。
身よりも無く、年齢も能力も、自立出来るほど成長していないから・・・
本当なら、僕はこの家にいる資格がないんだ。
僕は、自分の立場を理解して・・・
なるべく兄さんの側にいかないように、
息を殺して過すようになった。
そして・・・
あの日から何年か過ぎて・・・
僕はやっと、あの時の直道兄さんの『ごめん』の意味がわかったけど、
もう全て遅かった。
もう、昔には戻れない。
もし・・・
もし僕に、時間を戻す事が出来たのなら・・・
兄さんは・・・
また、僕に優しくしてくれるだろうか・・・
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