[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
近づいてくる、救急車とパトカーのサイレン・・・
加賀見は、錯乱する汀を、無理矢理、車に引きずり込む。
もはや二度と動く事の無い和志に、縋り付こうともがく汀だったが、
加賀見の強引とも思える行為の前ではまるで無力だった。
とにかく、警察の初動捜査をかわす必要があったのだ。
そうしないと、加賀見と藤堂は、銃刀法違反でブタ箱行きだ。
それでなくても、警察の連中がヤクザもんの言い分など、信用するはずが無い。
だから、一旦はその場を離れ、善後策を練らなければならなかった。
そして、まだ成久がその辺をうろついているかもしれないのに、
汀一人を、その場に残して行く事も出来なかったのだ。
結局・・・汀は加賀見のマンションに、再び連れ戻されていた。
そして・・・
汀の精神状態は、当然の如く破綻をきたしてしまう。
逆らいようもない現実に、ずたずたに引き裂かれ・・・
暗い迷宮に落ち込んだ迷い子のように・・・
現実を拒否した虚脱状態と、錯乱状態を交互に繰り返していた。
事実、死を選ぶ方が楽な選択だろうとさえ、汀は思っていた。
しかし、あれ以来、片時も離れようとしない加賀見は、
汀がそんな安易な道を選ぶ事を許しはしなかった。
和志・・・
君の後を追いたい・・・
君がいないのに・・・
僕が生きている意味など無いから・・・
だけど・・・
この人の腕が、それを許してはくれないんだ。
死にたい・・・
どうか死なせて・・・
お願いだから僕の事はほっといて・・・
辛いんだ・・・
和志・・・
君の元に逃げて行きたいのに・・・
この人の・・・
この手が・・・
この腕が・・・
忘れたい現実に僕を引き戻すんだ。
確かに・・・
この人を憎むのは間違っている。
でも、この手が・・・
この腕がなかったら・・・
僕は、君の後を追う事ができる。
君の所へ・・・
逝きたい・・・
ただ・・・それだけ・・・
僕が死んでも、もう悲しむ者など居ないというのに・・・
それなのに・・・
何をしても、僕はここから逃げられない。
この世の残酷な現実に引き戻される。
逃げようとする僕を
あの手が・・・
あの腕が・・・
強い力で引き戻すんだ。
泣きわめく僕を
この手が・・・
この腕が・・・
優しく抱きすくめるんだ。
強靭で・・・
しかし、優しい・・・
この人の腕が・・・
僕を捕まえる。
連れ戻す。
そして・・・
なだめてくれる・・・
あやしてくれる・・・
死にたい・・・
そう思っていたはずなのに・・・
その温もりに
たとえ一瞬でも安心してしまう・・・
自分が何をしたいのか見失ってしまう・・・
そんな自分を・・・
僕は許せない。
そして、僕はまた泣くしかなくなる・・・
加賀見に見守られ・・・
泣き疲れた汀は、今夜もようやく眠りについた。
微かな寝息を確認し、加賀見はしっかりとつかんでいた汀の手を、静かに離す。
起こさないよう、そっと部屋に入ってきた藤堂が、小さな声で加賀見に報告をする。
「組長の思った通り、警察は重要参考人として、汀さんを捜しています。」
「そうか・・・」
加賀見は、寝苦しそうに眉を寄せる汀を、じっと見つめている。
「例の資料は出来上がっているのか?」
「はい。ほぼ出そろったようです。」
「明日、坂崎を呼べ。今後の対策を考えよう・・・」
数日後・・・
○×警察署の正面玄関。
その入り口付近に、今まさに署内に入ろうとする、黒いスーツ姿の三人の男達が居た。
肩で風を切るように先頭を歩くのは、加賀見 嘉行だ。
「山村刑事は居るかね?」
三人の内の一人・・・良く磨かれた縁無しメガネをかけた男が、窓口で尋ねる。
加賀見と同じくらい背が高いが、幾分細身だろうか・・・
知的な目元のたたずまいと、きりりとした口元が印象的な男だ。
「何の用だ?」
応対に出た制服の警察官が、横柄な態度で聞き返す。
「染谷 汀の身元引受人が来たと、山村刑事に伝えてくれ。」
加賀見達は、しばらく待たされた後、「刑事課」と書かれた部屋へと案内された。
そこはかなり広い部屋で、沢山の人数が忙しそうに動き回っており、
たちこめる煙草の煙で、奥の方が微かに霞んで見えるようだった。
「染谷 汀の身元引受人ってのは、お前らか?」
45歳ほどの目つきの悪い男が、加賀見達に聞いて来る。
「そうです・・・あなたが山村刑事ですね?」
メガネの男が対応しようとするが、山村という刑事は、それを無視して加賀見の前に立った。
「お前・・・加賀見じゃねえか? 双龍会の加賀見だろ?」
「そうだ・・・」
上から見下ろすように答える加賀見。
刑事課全体が、超大物の出現にしんと静まりかえり、皆の視線が三人に集中する。
「お前のような悪党が、ここへ何の用だ? 」
礼節など微塵も感じさせない山村の態度に、加賀見は無表情のまま答える。
「この俺を・・・立たせたままで話しをしようってのか?」
山村は、加賀見の言葉に対して、不敵にもふふんと鼻で笑った。
「いいだろう、加賀見・・・じゃあこっちに来てくれ・・・」
山村は、加賀見達三人を、奥にある貧弱な応接セットに案内した。
「染谷 汀が、犯人じゃ無いだとっ?」
山村刑事が、ドンッと机を叩く。
「いつからヤクザが警察になったんだ? ああ?」
眉一つ動かさずに、加賀見が答える。
「俺が目撃者だ。それと藤堂・・・こいつも見ていた。」
席が一つ空いているにも関わらず、護衛らしく加賀見の斜め後ろに直立している藤堂。
加賀見の言葉を受けて、初めて口を開いた。
「そうです。俺も見ました。間違いないっす。」
はなから信用する気など無い山村は、嘲笑うかの様にクククと笑う。
「いいか?・・・染谷汀は、三年間もガイシャ(被害者)の家に住み着いていたっ!
そして、数え切れない程の目撃者が、駅で、事件の直前まで二人が一緒だったと証言しているっ!」
「・・・・」
何も答えない加賀見達を一瞥し、山村は続ける。
「そして決定的なのは、染谷汀が、事件の後、忽然と姿を消している事だっ!!
どんな馬鹿でもわかるだろう・・・染谷汀は、一番目の容疑者だっ!
どうせ痴情のもつれか、金銭トラブルだろう・・・
まったくっ!・・・最近の若い者は、人の命を何だと思ってやがるっっ!!」
山村は、興奮したように一気にまくし立てた・・・
メガネの男は、それが落ち着いた頃を見計らい、分厚いファイルを山村の前に置いた。
「何だ、こりゃ?」
眉をひそめる山村に、メガネの男が、極めて冷静に告げる。
「我々が調べた限りでは、犯人は岡本 成久という男です。
こちらには、事件現場での目撃証言がありますので、間違いありません。
我々が調べた、すべての資料を警察に提供します。」
山村は、その捜査資料に見向きもせずに吐き捨てる。
「そんなモンいるかっ!・・・おい、こらっ、若造・・・
こちとら『桜の代紋』背負ってんだっ!・・・ヤクザなんかの手を借りられるかっ!」
山村は、勢いに乗って、今度は加賀見に詰問する。
「それより加賀見・・・お前、目撃者だって言ったな・・・
どうせ嘘っぱちだろうが、なぜお前程の大物が、この汀ってガキを助けるんだ?・・・」
あくまで挑発的な刑事の問いに、加賀見もあくまで冷淡な表情で口を開く。
「実際に見てしまったものは仕方が無い。善良な市民が捜査に協力して何が悪いのかね?」
「クククク・・・善良な市民だと? 笑わせるなっ!
誰が貴様のような悪党の言葉を信じるかっ!
こっちが染谷 汀を犯人として起訴したらどうする?
貴様が弁護側の証人にでも立つのか? 日本最高の悪党の証言なんか、信じる奴が居るか?」
加賀見は、何を言われようと、表情の全く読めない氷のような視線で、山村を見ている。
「加賀見・・・貴様が殺させたんじゃないのか? お前のような悪党ならやりかねんからな・・・」
そこまで言われても、加賀見はポーカーフェイスを貫いている。
その代わりにメガネの男が、タイミングを見計らったように口を挟んだ。
「刑事さん・・・言動には気を付けて下さい。ここでの会話はすべて記録されています。」
そう言いながら、手の平サイズのテープレコーダーを見せるメガネの男。
知的な口元に、不敵な笑みを浮かべながら、更に言葉を続ける。
「今までの発言だけでも、十分 名誉毀損で訴える事は出来ますよ。」
まんまと嵌められたのは、自分だったと悟り、山村の顔色がサッと変わった。
「ちょっ・・・ちょっとそれをよこせっ!・・・くそっ!・・・何だテメエはっ! 」
「申し遅れました。関東双龍会専属、筆頭顧問弁護士の坂崎 将也と言う者です。」
坂崎と名乗った男は、その縁無しメガネをすっと上げる仕草をしながら、さらに言葉を続けた。
「とにかく我々は、捜査に協力しようという一般市民なのですよ。
何故そこの所を理解して頂けないのでしょうかねぇ・・・」
山村刑事は、苛立たしそうに両手で頭を掻く。
「それじゃあ・・・警察に協力する気があるのなら・・・染谷 汀を渡してもらおう・・・」
「出来ません。」
「何いっ! そのガキは重要参考人なんだっ!・・・変なかばいだてをすると、公務執行妨害だぞっ!」
「染谷 汀は現在、取り調べを受けられるような状態ではありません。こちらが医師の診断書です。」
坂崎はそう言いながら、鞄から一枚の紙切れを取り出し、山村の前に置いた。
「ヤクザの息のかかった医者なんて、信用出来るかっ!」
「これは検察もお気に入りの、T大付属病院の鈴木教授の診断書ですよ。」
「そ・・・それが何だってんだっ!」
坂崎は、ふうっと溜息を吐くと、辛抱強く話しを進める。
「いいですか刑事さん・・・あなたは我々の調査結果を見ようともしない。
そういう態度を続けると、あなた自身のためにもなりませんよ。」
加賀見は、腕を組んだままじっと聞いていたが、やがて二人のやり取りに口を挟む。
「凶器のナイフには・・・指紋が残っていただろう?」
山村刑事は、テーブルを再びドンッと叩くと、加賀見に噛み付く。
「こっちの捜査の内容を、お前のようなヤクザもんに教える必要はないっ!!」
「別に、あんたに教えてもらおうなんて、思ってないさ・・・」
加賀見は、内ポケットから何やら取り出しながら、更に続ける。
「これと同じモノが、この署のコンピューターに入力されているだろう?」
山村の顔が険しくなる。
「こ・・・これは・・・」
それは、データ化された指紋の情報を、プリントアウトしたものだった。
間違いなく、この署内で入力されたモノで、機密扱いの情報のはずだ。
「何でお前がこんな物持ってるんだ? まだうちの署の人間しか知らないはずなのに・・・」
「俺の仲間が極道ばかりだ、とでも思っているのか?
警察にも・・・政治家にも・・・俺の命令に従う者など・・・いくらでも居る・・・」
背もたれに上体をまかせ、脚を組む加賀見。
山村は、動揺を隠す事すら出来ず、うわずった声で呟く。
「署内のデータまで・・・くそっ・・・誰が流してるんだ・・・」
「まあ、そんな事より、この指紋と汀の指紋を比べてみれば、一目瞭然じゃあないのか?」
「ああ、そうだ・・・だから、染谷 汀を調べさせろと言ってるんだ・・・」
山村は、イライラしながら煙草に火を付ける。
その様子を見ていた加賀見は、わざと刑事を焦らすように、しばらく間を置いて口を開く。
「指紋は取らせてやろう。だが取り調べは、医者がいいと言うまで駄目だ。」
「いい気になるなよっ、加賀見っ!・・・取り調べ出来るかどうかは、こっちが判断する事だっ!」
「物分かりの悪い刑事(デカ)だ・・・」
溜息混じりにつぶやく加賀見。
その時・・・坂崎が、ちらりと時計に目をやった・・・
加賀見も、自分の腕時計・・・ブレゲのクロノグラフで、時間を確認する。
そろそろだ・・・
煙草の紫煙と、重苦しい沈黙の中・・・
「山村刑事・・・署長から内線が入ってますが・・・」
静寂を破ったのは、山村を呼ぶ女性職員の声だった。
「今、取り込み中だと言っておけっ!」
いらいらしたように怒鳴る山村。
「何か、緊急な用事らしいですが・・・」
「くそっ!」
山村は立ち上がり、内線電話の方へ歩き出す・・・
が、ふと振り返ると、指差しながら言った。
「待ってろよ・・・加賀見・・・」
「何ですか? 署長・・・今、忙しいんですがねぇ・・・」
受話器を肩にはさみ、両手であちこちのポケットを探る山村。
そして、よれよれになった煙草を見つけて、再び火を付ける。
『今、そっちに双龍会の加賀見が行っているだろう?』
受話器から、どこか落着かない署長の声が聞こえて来る。
「何で知ってるんですか? まだ報告もしてないのに・・・」
『とにかく加賀見の言う通りにするんだ。染谷 汀は後日指紋を採取するだけでいい。』
山村は・・・つけたばかりの煙草を、灰皿に叩き付けた。
「何言ってるんですかっ! 染谷 汀は重要参考人なんですよっ!
拘留期限いっぱいまで拘束してやりますよ。加賀見が抵抗するなら奴も逮捕するだけです。」
『馬鹿もんっ!・・・いいか?・・・黙って従うんだ。
これは私よりも、もっと上からの命令だっ! 貴様は私の首まで飛ばすつもりかっ?』
電話が壊れそうなほどの署長の大声に、思わず受話器を遠ざける山村。
「しかし、染谷 汀の取り調べもせずに済ませるなんて・・・納得出来ませんっ!!」
『犯人は、岡本と言う男だ。すでに加賀見達が捜査した資料については、
本庁の捜査一課が裏をとったらしい。間違いは無いそうだ。』
「本庁が・・・動いたんですか?・・・」
三たび、煙草に火をつける山村。
百円ライターがなかなか着火せずに、いらいらしている。
『とにかく、我々が言うとおりにしなければ、捜査一課が指揮をとるそうだ。
そうなれば、私も、お前も首が飛ぶだろう・・・』
「くそっ! 加賀見の奴めっ!・・・誰なんですかっ? 本庁で加賀見とつるんでる偉いさんってのは・・・」
『さあな・・・私にもわからんほど、上の人だろう・・・
少なくとも、あの本庁捜査一課に命令できるほどのお偉いさんだ。』
「・・・・」
電話を切った山村は、重い足取りで応接セットの方に戻った。
彼の顔色を見て、加賀見が口を開く。
「どうやら、分かってもらえたようですね。刑事さん。」
「ヤクザが恐くて刑事なんかやってられるかっ!・・・って言いたいとこだが、俺の負けだ。
俺にも、嫁さんや、金のかかるガキどもが居るんでな。まあ仕方ない・・・」
山村の口からは、疲れたように煙が吐き出される。
「で?・・・いつ染谷 汀の指紋を取らせてくれるんだ?」
坂崎が、事務的に答える。
「2・3日中に要態の良い時を見計らって、こちらから連絡します。
医師立ち会いの元で、指紋を採取していただきますので、出来れば彼を刺激しないように、
私服の刑事さん、一人で来て下さい。」
「わかったよ・・・言うとおりにすればいいんだろ?」
山村は、半ばあきらめたような言葉を吐き捨てると、
短くなった煙草を、根元まで吸い尽くす。
「格段の配慮、感謝する・・・」
加賀見が、山村に右手を差し出す。
「よせよ・・・ヤクザもんと馴れ合いはしない・・・」
煙に眉をしかめながら、最後の意地を通す山村。
「そうか・・・それは残念だな。こちらとしても協力は惜しまないつもりだが、
まあ、今日のところはこれで失礼しよう。」
加賀見が、立ち上がる。
「ああ・・・それと・・・煙草の吸いすぎは、身体に毒ですよ・・・刑事さん・・・」
山村は、苦虫を噛み潰したような顔で答える。
「大きなお世話だ・・・」
そんな山村の様子を見て・・・
藤堂は、笑いをかみ殺すのに必死だった。
Copyright(C) lovers-kiss 2002 All Rights Reserved